東京高等裁判所 平成2年(ネ)40号 判決 1991年10月31日
控訴人(被告) 有限会社ナッツベリー・ファーム
右代表者代表取締役 長崎忠三
右訴訟代理人弁護士 田中紘三
被控訴人(原告) 貝崎功作
右訴訟代理人弁護士 木谷嘉靖
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一、控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
二、当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人)
1. 有限会社法七一条ノ二第一項一号の規定を適用するためには、単に取締役間に対立が生じて同法二六条に準拠した業務執行をすることが不可能ないし困難になっていることだけでは足りず、さらに進んで、その結果、業務執行上著しい難局に逢着していること、すなわち、会社が進退きわまるほどの業務停頓により、営利法人として存在することがほとんど不可能となっているような事態が生じていることが必要である。本件の場合、取締役間に意見の対立があることは確かであるが、控訴人は社会的な存在として何らの支障なく平穏かつ順調に営業行為を行っているから、業務執行上著しい難局に逢着しているものとはいえない。また、そもそも、取締役間に意見の対立が生じたのは、被控訴人が、業務執行はすべて長崎に一任するという設立当初の合意を翻そうとしたことにある。
2. また、本件のごとき解散請求の訴えは、社員に限り提起できるものとされている。これは、業務執行上生じた難局が社員の利益(共益権及び自益権)を害するような態様のものでなければならないということを意味する。すなわち、単に、経営者間の不信感の増大やそれに伴う内部的対人関係の断絶状態があるだけでは、有限会社法によって認められた社員の利益が害されていることにはあたらない。被控訴人の主張するところのものは、単なる不満にすぎず、右にいう、社員の利益が害されたことにはあたらない。
3. さらに、解散請求の訴えは、他にこれに代わりうる方法がない場合に限って認められる。すなわち、なんぴとかにより業務執行が独断専行的に行われ、しかも、被控訴人の主張するような不当違法行為が真実存在するとしても、それらはすべて取締役解任の訴え、取締役の行為の差止め、代表訴訟によって是正できるものばかりである。本件は、これらによる是正をしてもなお解散する以外に途がないという場合にあたらないから、解散請求の訴えは認められない。
(被控訴人)
控訴人の右主張はいずれも争う。
三、証拠関係<省略>
理由
一、当裁判所も、被控訴人の本訴請求を認容すべきものと判断する。その理由は、その趣旨において原判決と異なるところはないが、当審における各当事者の主張及び立証をも勘案したうえ、これを詳述すれば、以下のとおりである。
1. 請求原因第1ないし第3項の事実(控訴人の設立、役員等)及び同第7項の事実(調停の不調)は当事者間に争いがなく、右事実と、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被控訴人と長崎は、控訴人会社設立後その店舗を東京都荒川区<以下省略>に定めて営業を開始し、以後長崎は代表取締役として、被控訴人は取締役として、それぞれ控訴人会社の業務を遂行するとともに(なお、定款上、取締役の業務執行に関し、右以上の定めは置かれていない。)、前記店舗において菓子職人として稼働していた。
(二) 両名は、控訴人会社設立の際の社員総会において、被控訴人の月額役員報酬を二八万円、長崎の月額役員報酬を三五万円と定めたが、その後長崎は、被控訴人の承諾を得ることなく、昭和六二年一二月分から自己の報酬だけを月額四五万円と定め、以後同額の報酬を受領するようになった。被控訴人は、当初これを知らずにいたが、昭和六三年二月ころ、控訴人の帳簿を見てこの事実を知り、長崎に対しこれを改めるよう抗議するとともに、無断で増額した役員報酬の返還を求めた。しかし、長崎はこれに応ぜず、かえって被控訴人に対し、昭和六三年三月二八日、内容証明郵便で、被控訴人が商品を持ち出すなどの不正行為をしたとして、被控訴人を「解雇」する旨通告し、そのころから被控訴人が控訴人の店舗に入ることを実力をもって阻止し、被控訴人を排除して業務執行を行うようになった。
(三) このため、被控訴人は、控訴人に対し、昭和六三年六月二日付の内容証明郵便で役員報酬の支払を求めるとともに、臨時社員総会の招集を請求したが、控訴人は、被控訴人が無報酬の非常勤取締役であるとして役員報酬の支払請求には応ぜず、臨時社員総会の招集請求についてもその必要がないとしてこれを開催しないでいる。
(四) このような経緯から、長崎と被控訴人は決定的に対立し、現在では、互いに、共同では控訴人会社を経営することができないと考えており、控訴人の経営に関し意見の調整を行うことは全く不可能な状態にある。
(五) 現在、控訴人会社の業務は長崎一人によって執行されており、アルバイトを含め従業員六名を雇傭して営業を行っているが、同社の平成元年七月末の資産状況は原判示のとおりであり(原判決五枚目表一三行目下段から同裏三行目上段までをここに引用する。)、その平成元年八月一日から平成二年七月三一日期の損益計算書によれば、平成二年七月末における同社の資産の総額は二二二八万六〇四一円、負債は一一五六万四五五一円、次期繰越利益は七二万一四九〇円(税引前当期損失八八万九二三九円、前期繰越利益一六一万〇七二九円)である。
2. 以上の事実が認められるのであって、これらの事実によってみれば、控訴人には、以下に説示するとおり、有限会社法七一条ノ二第一項一号の解散請求を認めるに足りる事由があるといわなければならない。すなわち、
(一) 控訴人の取締役は長崎と被控訴人の二名であり、また、控訴人の定款には取締役の業務執行に関し別段の定めはないのであるから、控訴人の業務執行は、長崎と被控訴人両名が一致してするのでなければこれを適法に行うことができない筋合いである(有限会社法二六条)。
なお、控訴人は、被控訴人に不正行為があったとして解雇の意思表示を行っているけれども、これによって同人の取締役としての地位に変動をきたすいわれはなく、社員総会の決議によらず取締役を解任することができない(有限会社法三二条、商法二五七条一項)ことは当然である。
(二) しかしながら、現在両名の対立は根深く、意見の一致を見る余地はないのであるから、控訴人の業務執行は適法に行えない状態にあり、現在長崎が被控訴人を排除して独断で業務を執行していることは違法なものといわざるをえない。このような事態は、いずれかが他方を解任することができるのであれば解消するであろうが、控訴人の社員は長崎と被控訴人の二名であり、かつ、両名の有する出資口数は同数であるから、いずれもがそのような手段をとることは不可能である。また、社員総会を開催しても、議決権数が同数であるため、取締役の報酬(有限会社法三二条、商法二六九条)、計算書類の承認(同法四六条、商法二八三条一項)等、控訴人の重要事項を決定することもできない。しかも、控訴人は、その平成二年七月三一日時点における資産状況からして、被控訴人に対し、その利益金の中からは、昭和六三年四月以降の月額二八万円の報酬を支払うことができない状況にある。してみれば、控訴人は、その業務の執行上著しい難局に逢着し、回復すべからざる損害を生じ又は生ずるおそれがあるものといわなければならない。控訴人は、現在平穏かつ順調に営業行為を行っているから、著しい難局に逢着しているものとはいえないと主張するが、仮に営業が表面上順調であったとしても、被控訴人を排除してのことであるから、右主張は採用できない。
(三) また、前記のように、控訴人の社員は長崎と被控訴人の二名であり、かつ、両名の有する出資口数は同数であるから、取締役解任の訴え(有限会社法三一条ノ三)や代表訴訟(同法三一条)あるいは取締役の行為の差止請求(同法三一条ノ二)等法定の手続をもってしても、常時正常な業務の執行を確保するすべはなく、前記認定のような状況から脱却する方途を見出すことは困難である。してみれば、控訴人には、このままではその正常な運営を確保する方法はないものというべきであり、解散請求するにつきやむをえない事由があるものといわなければならない。
3. そうすると、被控訴人には、有限会社法七一条ノ二第一項一号所定の解散請求を認めるに足りる事由があるものというべく、本件解散請求は理由がある。
二、よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 近藤壽邦)